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AugusteRodinは為事場へ出て来た。

A――少しも悲しいとは思わない。俺は常に、いつ死んでもよいような生き方をしてきたのだ。生きている間は、生きることを楽しみ、死ぬ場合には、死ぬことを楽しむのだ。生きたいとか死にたいとか、そういう欲求は俺にはない。俺にとっては、生も死も結局同じものだとしか考えられない。

そのほかに、派生的に生まれたものに次のようなものがある。これは、どこの髷ということなしに各都市それぞれに結われているものだ。

加来それでは、おたづねするが、昨日と今日と、危険の程度に変化がありますか。

処が更に、教導性――内容的普遍妥当性――は、学問性のまだ抽象的な規定に過ぎないことを注意しなければならない。尤も其が学問性を完全には規定し尽し得ないからと云ってそう云うのではない。そうではなくして寧ろ教導性概念それ自身の立場から云ってこの規定が抽象的なのである。というのは、教導性の概念は別に如何にして教導性を獲得するかというそれ自身に就いての顧慮を含んだ概念ではないからである。凡そ或る概念を分析する場合、それが観念的に有つ規定ばかりではなく、又それが実践的にもつ規定をも指摘しなければならないとすれば、学問性の概念――それが今は教導性であった――に於て、この教導性概念は学問性の(即ち又教導性自身の)観念的規定のみを指摘するに過ぎないと云うのである。何故そう考えられるかを私は他の概念を借りて明らかにしよう。法概念は人々が常に絶対的にそれに服従すべき筈の規定を持つものと思われる。もし人々が之に服従しないと仮定するならばもはやその概念が成り立たないようなそのような概念で法はあるのである。之は無論之だけとして何の謬りも含みはしないであろう。之が法概念の観念的規定である。処が吾々はこのような云わば自然法概念に対して又、法の歴史的概念を持っているであろう。歴史的法概念に対しては、観念的法概念は必ずしも自分の規定をそのまま強制することを得ないと考えなければならない理由がある。却って何かの非合法的な行為によって――而も法の・正義の・概念それ自身の名に於て――法が歴史的に変革して来たことは事実である。それ故法に対して実践的に取引をしよう――それが法の歴史を成すのである――とする時、事実人々は法の観念的規定だけからは多くを期待出来ないであろう。法の観念的規定はすでに成立せるものとしての、又はその成立の如何を問題にしない理念としての、法を説明することは出来る。併し別に如何にして或る法を獲得すべきかという――而も法概念それ自身に就いての――実践への顧慮を含んだ規定ではないのであるから。このようにして法概念に於て観念的規定と実践的(現実的)規定との対立を分析することが出来ると思われる。そして観念的規定は実践への特殊の顧慮をその内に含まぬ点に於て抽象的であるのである。概念分析の一例として挙げた上の場合はそのまま教導性の概念にも当て嵌まらなければならない。教導性は学問性が何であるかを説明する、そしてその説明はそれだけとしては正しい。けれどもこの概念は別に如何にしてその概念自身を実践的に実現するか――如何にして教導性を獲得するか――ということに関する顧慮を含んだ規定では決してない。教導性はそれ故学問性の観念的規定に外ならない、それは従ってこの意味に於て抽象的規定に過ぎないと云うのである。さて、学問性の(又教導性の)具体的(現実的)規定――それは実践への顧慮を計上した規定である――として吾々は何を持っているか。

「天上から地上へのぼるために無残にもおれた梯子である」芥川

ヴントは、自然科学と精神科学――この分類は対象に基く――との各々を第二次的に、現象論的・発生論的・組織論的に分類するに当って、もはや対象ではなくして方法を標準としていることが見出される。或る対象を記述する方法によるものは組織論に、之を説明する方法によるものは現象論に、そして其の中間に位いするものが発生論に該当するものだからである。吾々は恰も之と同一の分類をすでにプルドンに於ても発見する。プルドンは――そのも一つの分類原理を問題の他として(前を見よ)――記述的学問と、変化・進歩等を論じる学問と、法則を見出す学問との、三つを区別した。下って例えばDeRobertyは観察の仕方の相違によって四つの学問を分類した、直観による諸学問・単純なる観察による夫・実験によるもの・記述による諸学問、等がそれである。併しこのような例を一つ一つ挙げるならば恐らくそこには際限がないであろう。何となればこの種の方法による分類は、対象の相異による先の分類に劣らず普通一般に行なわれるものに過ぎないからである。現に人々は之に似て、記述科学と説明科学とを区別するのが常であるであろう。それはこの種の方法による分類の他ではない。併し「この種の方法」とは何か。それは学問的概念構成以前に横たわる処の其の意味に於て常識的なる対象、に対する意味での方法を示す。かかる方法が恰も形式論理学の方法論に於て取り扱われるようなそのような方法概念を云い表わしたことを吾々は思い起こそう。之は方法概念の最も原始的な形態に過ぎなかった。そしてこの方法概念は対象概念に向って運動しなければならなかった事実をも亦思い起こそう。対象概念へ向って運動しつつある方法概念、之は学問構成後の対象に対応する処の方法概念――概念構成としての方法――であった。今やこの意味での方法によって学問は分類されることが、必然的になって来るのである。そしてこれはとりも直さずリッケルトの科学論によって与えられた(リッケルトの科学論に就いての細かい考察は後に譲る)。

などゝいつた。はじめにいた一度結婚したことのある女中は、何故かすぐ逃げだしてしまつたといふことも思ひだした。彼の考へは頻に放縦な女の話へと往つた。彼は中学生相手の雑誌を編輯している文学者の話した、某劇場の前にいた二人の露西亜女の所へ往つて、葡萄酒を沢山飲まされて帰つて来たといふ話を思ひだした。と、発育しきつた外国婦人の肉体が白くほんのりと彼の眼の前に浮ぶやうに感じた。

節子は思わず白崎の手を握った。甘い歌を歌ったあとなので、そんな動作が自然に出たのだろうか。たしかに仕事のあとで昂奮していた。節子は生々と頬を染めながら、

垂髪時代の女性の髪は一体に長かった。垂髪であるために手入れが簡単で、手入れをしても髪をいじめることがすくなかった。それで髪はいじめられずに、自然のままにすくすくと伸びていった。

「いや、これはだめですよ。こりゃ僕のじゃありませんからね」

例へば明の永樂帝が建文帝の位を奪つた所謂靖難の役に就いては、明の實録は建文一朝を認めないで、前代の洪武の年號を延ばして書いて居つて、これを革除と稱して居る。然るに永樂帝の曾孫か玄孫の代くらいになつて、建文帝が靖難の役に死なゝいで僧侶になつて逃れたのが現れて來た。それを終りには明の宮中に呼びかへして僧體の儘で一生を安らかに送らしめたといふ話があつて、當時の信用すべき歴史家も其事を明かに認めている。清朝で明史を作つた時は其説を採らないで、建文帝は靖難の役に死んだものと極めたのであるが、明代では一般にさうは信じなかつた。

処がリッケルトの科学論・方法論は夫々の科学の学問性そのものの考察ではなくして正に二つの学問性の区別を求める処にその特色を有っている。学問性の追求が根柢的な動機ではありながら、この動機は、そのまま現われずに、彼の所謂方法論としての、そして最も直接には分類論としての、動機となって現われていたのである。さてこのような分類の動機は向に述べた処によって、リッケルトの科学論が発生した歴史的条件に由来するに他ならなかった。之はリッケルトの科学論の歴史的なそして全く暫定的な制限であるであろう。この制限を除いて、なお夫々の科学の学問性の分析が、方法論・科学論の最後の形態として残される筈である*。

加来わかりきつたことだ。しかし、病人に危険だと知らせたつて、それや、なんにもなりやしない。黙つて手当さへすればいいんだ。むしろ、必要なことは、少くともわたしの場合には、もう危険信号が間に合はず、文字どほり、これでおしまひだといふことを、その一歩手前で、ともかく、自覚させられることなんだ。わたしは、そのつもりでいたんだ。君も、そのつもりでいたに違ひない。わたしは、今もそのつもりでいる。君は、それがいかんといふ。なにがなんだか、さつぱりわからんぢやないか。
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